Mercedes-Benz本国ドイツ研修紀行

メルセデス・ベンツミュージアム

戦後の大量生産時代へ突入

戦後の大量生産時代へ突入

1937年 第二次世界大戦の航空エンジン  1937年 第二次世界大戦の航空エンジンスペック

1937年 第二次世界大戦の航空エンジンV12エンジン 1100馬力

第二次世界大戦後のドイツ

第二次世界大戦でドイツ全体は瓦礫の街になりました。ほとんど廃墟になりました。
連合国イギリス、フランス、ソ連、アメリカはドイツに製造することを禁止にしました。ロフトハンザ(ドイツの旅客機)でさえ飛ぶことが許されませんでした。
では自動車製造会社が製造を禁止されたらどのように生き延びるでしょうか?連合国の自動車を修理することで生き延びました。例えばアメリカのジープとかトラックのメンテナンスを行いました。
しかし、レッドプリンセスのようなハンドメイドで作る時代は終わり、大量生産を無視できない時代になっています。しばらくすると連合国はドイツに自動車の製造を許可します。

大量生産された自動車  大量生産された自動車

まずはトラック、そのあとに乗用車の製造。
しかもスピーディーに大量生産製造するよう指示がありました。これがベルトコンベアで製造された大量生産の自動車です。
1950年代です。アッセンブルラインはアメリカのベルトコンベアと同じで大量生産です。

1954年のメルセデス-ベンツ 1954年のメルセデス-ベンツ正面 1954年のメルセデス-ベンツスペック

時速175km/h 150馬力

1954年のメルセデスベンツです。 これが第二次世界大戦後の最初のスポーツカーです。
デザインは戦前でしたがシャーシとボディーは別々でした。これはメタル(金属)塗装です。
1954年のこの車は、当時のポルシェよりも速く、時速175キロ出ました。

300SLエンブレム  300SL

このエンブレムだけ見てワクワクする人もいらっしゃると思いますが、伝説の車、300SLです。

300SL正面  300SL後部

300SL噴射口  300SL運転席

これは戦後の最初の技術になります。ダイレクトインジェクション、直噴エンジンです。215馬力で時速250キロ出ました。

何故、“ガルウィング”かというと、かっこいいからという理由ではありません。
それは・・・

ガルウィングの下部分

このフレームをご覧下さい。ガイドさんが掴んでいる所がガルウィングの下部分になります。

1950年代になると、またレースに出ようとする考えになります。しかし重量がネックで遅かったようです。
そこでエンジニア達が軽量のプレーンを作りました。このフレームの重量は50キロほどしかありませんでした。デメリットはここにドアを作ることが出来ないことです。しかし耐久性の問題でなくすことが出来ません。
そこで、“ガルウィング”が開発されました。1925年当初に考えられたコンセプトで1952年に実現されます。

一番高価な車 レーシングカー

一番高価な車 レーシングカー 一番高価な車 レーシングカー 一番高価な車 レーシングカー

この博物館で一番高価な車です。もし今売るとしたら6000万ユーロと言われてます。
約84億円です・・・・しかし、絶対に売らないメルセデスベンツの宝とも言ってました。
これは純粋なレーシングカーです。1955年メキシコでのレーシングカーです。
しかし、この車は残念ながらレースに出られませんでした。理由はメキシコ人がレースをキャンセルしたからです。
300馬力で時速300キロ出ます。

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